屋根裏

コードを書いたりします

世界を破壊しました

閉塞百合ジュブナイルノベル『世界を破壊する魔法』をクリアしたので感想記事です。本記事はネタバレを含みます。未プレイの人は公式サイトへGO!

私はゲーム系のメディアだとAUTOMATONさんの記事をよく見ています。そんなAUTOMATONさんの年末企画で、おすすめの短編ゲームを紹介する記事がありました。記事を読む中で目に留まった『世界を破壊する魔法』というタイトル。この時点で絶対に面白いと感じた私は、記事と公式サイトに目を通してその直感を確信に変えました。

早速ダウンロードを済ませたのですが、大学4年生の私には卒論という壁がそびえ立っていたのです。プレイするのは卒論を書き終えた後のご褒美にしようと考えた私は、出会いから2週間が過ぎてようやくプレイすることができました。

公式サイトを見て何かを感じた方や、世界を破壊したい方は是非プレイしてみてください。クリアまで2時間くらいですし、PCだけでなくスマホでも遊べるみたいなのでお手軽です! 人を選ぶゲームではありますが、忘れられない体験になるはずです。

『世界を破壊する魔法』のジャンルは、公式サイトによると『閉塞百合ジュブナイルノベル』です。正直に言うと私は百合に興味がなかったので、どんな内容なのか不安もありました。しかし実際に遊んでみるとそんな不安は杞憂で、最高に最悪(褒め言葉)で情緒が乱されました!

こんなに素晴らしいゲームが無料で遊べちゃうなんて……と思っていると、なんとBOOTHで支援ができるそうではありませんか。迷わず支援してしまいました。こういうの(投げ銭?)は初めてでしたが手軽にできていいですね。

ネタバレあり感想

ここからはゲーム本編のネタバレを含みます。普段ほとんど文章を書かないので、読みにくいと思います。

『世界を破壊する魔法』は、タイトルのとおり少女たちが世界を破壊しようともがく物語でした。ただそれはハルマゲドンを起こそうみたいな大袈裟なものではなくて、学校の友人関係だったり家庭環境だったりっていう小さな世界の破壊なんですよね。だからこそ、彼女たちが感じているものを身近に感じられたのだと思います。

作中では、妖精フェアリーハートがいるかどうか、雑木林には世界を破壊する魔法があるか死体があるか、ヒカルが雑木林で穴を掘っているかどうかといった、鴉が信じる幻想と現実的に考えたときの答えという対比が多く登場します。平野たちに雑木林の前まで連れてこられた鴉は、ヒカルを信じることを選び、幻想を守りました。鴉を信じて穴を掘っていたためにそれを見ていたヒカルは、学校へ行き、平野と対峙することを選びます。2人がお互いを信じ、幻想を共有し、平野を否定したからこそ世界を破壊することに繋がったわけですね。ティンカーベルの話もそうでした。これについては、公式サイトのポエムにある「信じられるものが必要だった」がすべてだと思います。

そんな2人に対して平野は、死体を見つけることで幻想の世界を破壊しようとしてきます。雑木林でも、たくさんあった穴がなんのために掘られたものかわからなくても、それを「トイレの穴を掘ること」に落とし込むことで幻想を破壊しようとしました。これにより、鴉の物語において平野は敵であり、最後に倒す存在となります。そのためか、平野は怪物に例えられていることが多いです。

「私たちの世界が破壊される前に、私たちが世界を破壊しなければいけないのに」で出てくる2つの世界は、前者が幻想の世界、後者が現実的な世界ということでしょう。幻想の世界を壊そうとする平野を前に、鴉は「世界を破壊する方法」を理解します。ここが魔法じゃなくて方法なのは意味がありそうですね。あくまで平野を殺すこと自体は魔法ではなく、2人でそれを成し遂げることで初めて魔法になったのかなと解釈しています。

最後の選択肢は「壊れた世界を後にした」を選びました。つらい。CGのあとのSEがまたつらい。両方の選択肢を見たあとでも、こちらの選択肢のほうが好みですね。2人は妖精の国に行けたのだと信じたいです。ED映像もすごくよかったです!

クリア後はCG回想を眺めて余韻に浸っていました。改めて見ると、このゲームは本当にCGが多いですね。140枚以上あるそうです。すごい。CGや立ち絵が豊富なことで情景がイメージしやすいですし、その時々の表情がわかるのでキャラたちの感情を理解するのに一役買ってますね。一番好きなCGは「寄るなキチガイ!」の直前のガチで引いてる平野です。少し前の心配してそうなCGからのギャップもあって心惹かれました。他2人だと、鴉は最後のCGがどちらの選択肢でもいい表情してますね。ヒカルは、鴉のノートをめくってるCGが心からの笑顔って感じで好きです。

両方のエンドを見たあとでしょうか、CG回想に見たことのないCGが3つ並んでいるではありませんか! 全部終わったあとにこれを見るのつらすぎますね。プリクラでの2人の名前の書き方が、それぞれの性格を端的に表していて好きです。よく見ると色違いのリストバンドも付けています。これ平野は今でも付けてるんですよね……。

地の文で使われる表現もすごくよくて、「平野は平野をやめていった」が大好きです! 「砂糖をたくさん混ぜ込んで、もとの味のわからなくなったコーヒーみたい」な声が「本当は苦いことを知っている」もセンスが溢れてます。なにを食べたらこんな文章が出てくるんでしょうか。

そういえばこの物語、時代はいつ頃なんでしょう。スマホがあるからだいたい10年以内。2020年頃だとすると、8年前に引っ越した鴉の家の押し入れにブラウン管テレビのリモコンがあるのは違和感があります。そうなると2015年前後でしょうか。

主要キャラの3人についても、少しずつ感想を書いておきます。

夕暮 鴉

この物語の主人公です。物語はほとんどが鴉の視点でした。鴉のモノローグを読んでいると、ヒカルは友達だから怒らないとか、フェアリーハートは友達だから一緒に笑いあうとか、自分の感情ではなく関係性から行動を導いているような描写が目立ちます。自己同一性が希薄というか、アイデンティティの拡散ってやつでしょうか。これが公式サイトのキャラ紹介でも書かれている「自我がふわっと」ってことなんでしょうね。

ヒカルの日頃の行いに怒らないのは、友達にそんなことできないというだけでなく、そもそも怒っていないからだそうです。これは他人に対して興味がないからなのかなと思っていましたし、ヒカルも自分に興味がないから受け止めてくれると解釈していました。ただ、フェアリーハートがいなくなってから、自分自身の力で怒らなければいけなくなるのかと考えていることを踏まえると、イマジナリーフレンドに怒りの感情を押し付けることで自分の心を守っていたようにも思えます。

鴉の言動を見ていると、構ってくれる人間に対する依存も見られます。「今私にはヒカルちゃんしかいない」や「フェアリーハートもヒカルちゃんもいない今、私には平野さんしかいなかった」がそうですね。ヒカルは鴉をいじめることで居場所を感じていたので、共依存の関係なんですね。これは、母親が構ってくれないことも関係してそうです。

朝野 光

朝野光、夕暮鴉と対になってそうな名前ですね。物語冒頭の時点で、ヒカルは学校で鴉をいじめることで居場所を感じていました。家での自分と教室での鴉を重ねていたことから、いじめている間は自分が弱い側の人間であることを忘れられていたとも言えそうです。

ヒカルと平野の過去も気になるところです。平野はヒカルに彼氏を盗られ、裏切られたと感じています。しかし、ヒカルは雑木林の前で「そんなつもりじゃなかったんだ」と言いました。平野はどうしてヒカルがそんなことをしたのかはわかっていませんでしたし、言い訳も聞こうとしません。これにより、なにかしらのすれ違いが生まれてしまっていたように思えます。この彼氏ですが、おそらくはヒカルの今の彼氏と同じ人物です。そうすると、相当ろくでもない人間なんですよね。初めは、こいつが平野からヒカルに乗り換えたんだろうと思っていました。しかし、人の言葉に敏感なヒカルがこいつの本性を知り、平野から引き離したのほうがそれっぽい気がします。ヒカルが約束をすっぽかしたら次の日からハブられたというような話もありましたし、この2人の過去についてはもう少し考えてみたいです。

夏休みが明けてからヒカルが登校したとき、声を震わせたり肩をビクつかせたりしつつも、拳を握り平野の目を見ているところ大好きです。平野の言うとおり、弱虫である部分は変わってないんでしょうけど、それでも決意を固めて来たんだなというのがよくわかります。

平野 蛟

かわいい。自分の顔がいいことを理解した上で行動してそうで好きです。平野だけはモノローグが一切存在しなかったので本心が読めないです。平野は、鴉がヒカルに脅されているんじゃないかという言葉を本人に否定されても、「そんな訳ないよ」「私には分かる」と言って引きません。これは、自分が正しいという考えが根底にありそうです。このときの平野は追い詰められているような目つきなので、正しいことをしなければという強迫観念も考えられます。余談ですが、この「私には分かる」は、かつて自分が「サイテーのクズ」であるヒカルに裏切られたからというのも入ってそうです。

物語中盤からは、完璧な人間という言葉を繰り返し使ってきます。初めは鴉に完璧な人間になることを求め、雑木林へ向かうフェンスの前では「一人だと寂しいし、完璧な人間になれない」と言います。この言葉が、作中の表現では最も平野の本質に近いのではないかと感じました。完璧という表現は、平野の家でも花柄の壁に対して使われています。これを用意したのは平野の親でしょうし、彼女が完璧を求める背景には、「いつも優しい」理想的にも見える母親の影響が大きそうです。育てるときの褒め方を間違えた結果、平野はああなったように思えます。鴉の家とかヒカルの家よりもこういうのが一番怖いです。

平野の本質というと、彼女が何を信じているのかも気になるところです。鴉にうまく言葉を話せなくさせるほどの、信じるもののある眼差し。その根源は、鴉には見当もついていませんでした。最初は正義かなとか思っていたんですが、平野が鴉やヒカルにした仕打ちは、一般的な正義とは到底言えません。そうなると、平野が信じているものは自分、あるいは自分の正しさなのかなと思いました。それ故に、平野の行いに疑問を呈した鴉に激昂したんですね。平野に関する描写では、足音や声などオーバーな仕草が印象的です。これも彼女の自信から来ているものでしょう。

結局の所、平野はどうして鴉に関わってきたのでしょうか。それは一言で言ってしまえば、平野も世界を破壊したかったからだと思います。だからこそ、祭りの日に平野は鴉を探しに来たのでしょう。鴉の結論は、鴉を理由にしてヒカルを虐めたいからというものでした。これは祭りの日に鴉とヒカルを見つけて、間髪入れずにヒカルを責め立てたことからも明らかです。「世界が破壊される前に、ヒカルちゃんが破壊されてしまった」ことを踏まえると、平野の破壊したかった世界≒ヒカルとも考えられます。ただ、ヒカルをいじめることだけが目的だとすると、今まで関わってこなかったことが少し納得できません。

平野が鴉に接触する前の出来事を確認すると、鴉が休んだ日にヒカルと会話をしています。鴉が学校を休むのは珍しくないそうなので、この日にヒカルと話すことになったきっかけがありそうです。これより前の平野の描写がないので憶測になりますが、鴉とヒカルが仲良く(?)していることに嫉妬し、自分が鴉を奪うことで意趣返しをしようと考えたのではないでしょうか。輪っかが「最近やっと(ヒカルが弱虫であることが)わかった」と言っていたことから、鴉が休んだ日の言動で平野もそれに気づき、より直接的ないじめへと発展することになったのだと思えます。

平野と言えば、「ひとりぼっちの可哀想な夕暮さん」「どうせ用事なんてないでしょ?」「夏休み、誰かと遊んだ事とか、鴉ちゃんはなさそうだもんね」のように、鴉を完全に下に見た物言いが多いです。これを言うことは平野の目的に役立つとは思えませんし、むしろ足を引っ張ることになりそうです。平野がこのような言葉選びをする理由はなんでしょう。自分の正しさを信じているから、自分より弱いものをいたぶりたいから、考えられるものはいくつかあります。ただ、もしかしたら平野は、どこか純真なところの残る正直者だったんじゃないでしょうか。鴉と最初に話したときも涙ぐんでいましたが、平野は嘘泣きができるほど器用な人間とは思えません。「平野さんという名の怪物はとても正直者だった」ともありますし、正直だからこそ見下した言い方が出てきちゃったのかなと感じました。ここについては特に自信がないので、もう少し考えたいですね。

実は平野と鴉はよく似ているのかもしれません。鴉は「明るくて、はつらつとして人を惹き付ける才能がある」平野を自分と真逆だと評価していました。実際、そうした表面上の性格はまったく違います。しかし、ヒカルが鴉のことを「信じるものがあって揺らがない」と言ったように、根っこの部分は案外似ているんじゃないでしょうか。

BOOTHで支援したらいただけた平野の私服の設定画で、右下に括弧で書いてある文章が本当に最悪で好きでした。


この作品って、目を見る描写が多いんですよね。最初に穴を掘っていたときにヒカルが屈んで鴉と目線を合わせたり、鴉になんで友達なのかと聞かれて久しぶりにまっすぐ見たり、他にも結構あったと思います。これは3人が目を見ないで会話することが多いからこそ描写されているのかなと考えると、目が合っているときの会話はよく確認したほうがいいのかもしれません。次に1周するときは注意してみたいです。

正直最初にクリアしたときは、平野についてはそんなに書かないつもりでした。平野は好きでしたが、この物語は鴉とヒカルのものだと思っていたからです。ただ、隠しCGを見て平野のこともちゃんと理解しようとしなくちゃだなと思い、もう1周してたらこんなことになってました。ここまで書いても、まったく的はずれなことを言ってる気すらしてくるので平野は底が知れないです。

フェアリーハートについても書きたかったんですが、描写がかなり少なくて、考察とかが苦手な私には難しかったです。Twitterとかで他の方の感想や考察も探してみたいですね。

ゲームをクリアして、感想を書こう!と思い立ってから書き終わるまでに、1週間以上かかるとは思いませんでした。普段は雰囲気で物語を楽しむことが多かったんですが、ちゃんと描写を拾って文字にすると頭の中が整理されていいですね。


ちょっとした補足を書きました。